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−とかくこの世は−トップへ (2007/07/19)

とかくこの世は
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第14回 ウナギの悪巧み

第13回 “リプレイ政治”からの脱却

第12回 曲折の白球譜

第11回 ボツになった死亡記事

第10回 ホフハ試験薬

第9回 団塊定年待望論

第8回 自殺予防薬

第7回 鎮魂譜

第6回 薩摩守はいずこ

第5回 「ハイ」と言えない子供たち


第4回 死のスタイル

第3回 日本史教えぬ「美しい日本」

第2回 ある暴走族との出会い

第1回 賀状有情

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 カモン!ルーシー
庫裡から悶々
ははんほほう話




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 檀林風発




肇道和尚の「如是我聞」

 新聞の死亡記事に目を通すようになったら、年とった証拠だというが、25歳の女性教師が死亡記事に関心をもった場合は――

 数年前の話だが、愛知県下の公立中学校に勤務するA子先生は、大学を出て一年間のOLを経た後、国語教師となった。
 担任する1年生の作文の時間に「自分が死んだときを想定して“死亡記事”を書きなさい」。
 新聞社の死亡記事と一緒に「殺人犯として服役したが、画家として大成した」との自作の例文を添えた。

 いささかショッキングな例文だったから、子供たちの中には書くのをためらったものもいたが、大方の生徒は、目先の変わった題名に面白がってペンを走らせた。

 この話が親たちに伝わると反応はさまざまだった。
 「とんでもない先生が現れたものだ」という父母の声が職員会議でも取り上げられて侃々諤々の議論となった。
 ―先生は一体何を考えているのか
 ―殺人犯、服役といった表現は、教育現場にふさわしくない
 ―せめて、例文の引用は倒産とか交通事故に止めておくべきだった
など、反対論が次々と飛び出し「子供たちに夢を描いてもらいたかった」というA子先生の声は片隅に追いやられ、作文は廃棄処分されてしまった。

 「将来への夢」とか「希望する職業」といった設問の作文からは陳腐な答えしか返ってこない。だが“自分の生涯史”を死亡記事といった形で綴れとは、なんと壮大な提言ではないか。
 生徒たちの「死亡記事」には平凡な一生を描いたものもあったろう、洋々と輝く我が人生に思いを馳せたものもいただろう。“あの子に、こんな夢が”と知って、見直された子がいたかもしれない。
 それが文集となっていたら《当節子供の世相観》として新聞社会面の特集に取り上げられた可能性だってあった。三十年、五十年後まで保存されていれば、同窓会の話題を提供することにもなったであろう。廃棄してしまったのは残念でならない。


 戦後台頭した教育組合はやる気のある教師から気迫を奪い、PTAにおもねる先生を育て上げた。授業内容は画一的な国定教科書に代わって、子供たちの自主性を重んじたプロジェクトメソッドへと様変わりした。やがて、週五日制のゆとりの教育が取り入れられ、子供らが余裕をもって学校教育を受けられる環境が整えられたかに思えた。

 ところが、子供たちの学力が諸外国に比べて落ちてきたと聞くと「五日制」は犯人扱いされた。安倍首相は教育問題を重点政策の一つに挙げたけれど、掲げる中身は相変わらずの抽象論だ。
 授業の方針は変わっても学校は所詮、子供たちを「できる子、普通の子、できない子」に選別する評価機関でしかない。

 A子先生は、この作文を通して、子供たちに、自分の将来を考えることの必要さと死を正面から見据えることの大切さを教えたかったのだろう。
 だが、マンネリ化したいまの教育現場にあっては、死とか殺人など人生の暗部に触れることは異端であり、避けて通るべき問題なのだ。だから先生たちは校内に潜在する非行やいじめ、自殺などが表面化することに兢々とするのである。


 多様化する価値観の世界に柔軟に対応しようとする先生を、教育現場から抹殺しないで欲しい。教育現場の視野狭窄が社会の不幸を招いているケースは少なくない。









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