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−とかくこの世は−トップへ (2007/01/05)

とかくこの世は
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第14回 ウナギの悪巧み

第13回 “リプレイ政治”からの脱却

第12回 曲折の白球譜

第11回 ボツになった死亡記事

第10回 ホフハ試験薬

第9回 団塊定年待望論

第8回 自殺予防薬

第7回 鎮魂譜

第6回 薩摩守はいずこ

第5回 「ハイ」と言えない子供たち


第4回 死のスタイル

第3回 日本史教えぬ「美しい日本」

第2回 ある暴走族との出会い

第1回 賀状有情

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 カモン!ルーシー
庫裡から悶々
ははんほほう話


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 檀林風発




肇道和尚の「如是我聞」

 日本史が高校生の必須科目でなかったなんて知らなかった。日本史を学ばなかった若者たちだから、愛国心といわれてもチンプンカンプンなんだ。君たちの祖父が血を流した戦争やピカドンの恐ろしさも所詮は他人事なんだ。

 その祖父や両親が焦土の中で汗して築いた戦後日本復興の歩みの語り部を「学校」は育てようとしなかったのだ。

 いま六十代後半から七十代の人々が子供のころ手にした教科書はいたるところが墨で塗りつぶされていた。それは戦争美化や民族教育に当たる部分だった。占領下だったから当然の措置であったのだ。

 当時の国民学校は小学校の呼び名に戻り、指導内容は子供たちの自主活動を中心としたアメリカ生まれのプロジェクト・メソッドが採用された。

 そして教員不足。望めば誰でも採用されたデモシカ先生(先生にデモなるシカない)時代だったから学校での児童たちは放任状態。教育現場の実権は、土地の名士のPTA役員に握られていた。次に訪れた"丹頂鶴"と呼ばれた教員組合支配時代を経て登場した「ゆとりの教育」では週五日制が取り入れられた。これが、戦後日本が歩んだ道だった。

 子供たちの学力水準は、年毎に先進各国に引き離されている現状に気づいてあわて出したのは最近のことだ。

 粗末になったのは、子供たちだけではない。「ゆとり」下の教師も研修することを忘れ、カラ出張のからくりを覚えた。

 このように、教育を軽視したツケは「荒れる学校」となり、いじめの日常化だ。教師までが生徒たちに悪乗りするというのだから事態は深刻である。

 高校生の必修科目未修得騒ぎの根もその延長線上にある。マスコミに取り上げられた初めのころは「知りませんでした」と国や地方の行政機関はトボケのゼスチャアを繰り返した。

 世間でいう「本音と建て前」は教育界でも日常化している。

 PTAの理事会では会長と教頭との掛け合いで議事が進められ、「異議なし」で締めくくられるのが通常だが、帰りの下駄箱の前では、さっきの議題が再燃しカンカンガクガクと論争が展開される。私はそれを「PTAの下駄箱会議」と命名したことがある。

 新米首相の安倍さんが教育再生を掲げ、『美しい日本』を提唱したトタンに教育界の不祥事がゾロゾロと発覚したのは、なんとも皮肉な現象だ。

 高校教科の未修得について、文科相が早々と救済策を打ち出したのは、果たして評価すべきか否か。急場しのぎでお茶を濁していたら、教育再生なんて夢のまた夢である。

 教育再生は行政や学校、先生だけでできるものではない。地域を無視してはいけない。

 昔、子供たちの集まる駄菓子屋のおばさんには餓鬼大将も一目置いていたから、「いじめられっ子を守ってやっておくれよ」と言われれば「うん、まかしとけ」と面倒を見てやるから、死につながるいじめなんかなかった。

 そんな地域との共生を再生させることだ。教育基本法を改正する前に、郷土史を見直してご覧なさい。







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