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−とかくこの世は−トップへ (2007/01/03)

とかくこの世は
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第14回 ウナギの悪巧み

第13回 “リプレイ政治”からの脱却

第12回 曲折の白球譜

第11回 ボツになった死亡記事

第10回 ホフハ試験薬

第9回 団塊定年待望論

第8回 自殺予防薬

第7回 鎮魂譜

第6回 薩摩守はいずこ

第5回 「ハイ」と言えない子供たち


第4回 死のスタイル

第3回 日本史教えぬ「美しい日本」

第2回 ある暴走族との出会い

第1回 賀状有情

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 カモン!ルーシー
庫裡から悶々
ははんほほう話


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 檀林風発




肇道和尚の「如是我聞」

 数年前のことになるが、暮れも押し迫った三十日、十九歳で自殺した若者の納骨式が拙寺で行われた。
 ようやく墓を建てる資金のメドがついた、という母親の願いで若干の墓地を分譲した。その折りの会話で若者の死が自殺であったことを知ったのだが、あえて原因は質さなかった。が、彼は生前、暴走族だったという。
 当日、遺骨を抱いてひとり現れた母親がためらうように尋ねた。
 「この子の友達がお線香をあげてくれるというのです。宜しいでしょうか」
 「暴走族の?」。一瞬ためらったが、仲間たちが近くで待っているという。
 死者を送るにその資格を問うこともなかろう。どんな連中がやってくるのだろう。戸惑う反面、どんな説教を聞かせたらという楽しみもあった。
 揃って黒のフォーマルスーツ。それが、茶髪にピアスの出で立ち。十数人が隊列を組むように参道に姿を見せたのだから、確かに異様ではあった。
 本堂では指示されないのに正座し、静かに開式を待つ。
 読経に先立って私は言った。
 「みんなありがとう。お経が終わるまで二十分はかかるけど、しびれが切れたら膝を崩してもいいよ」
 一同、黙ってコクリとうなずいた。読経中、しわぶき一つ聞こえない。
 式は終わったが、誰ひとり膝を崩していないのに私は驚いた。
 「みんな、よく我慢した。膝を崩しなさい。五分だけ話をさせてほしい。いや、十分になるかもしれないがいいかな」
 私の言葉の一節ごとに、誰もがうなずき、それでも正座を崩そうとしない。彼らにはこんな一面があったのか、と思うと、なぜか涙が出てきた。
 予定していた法話を変えてこう切り出した。
 「君たちは“走り”(暴走行為)に出て夕日を観たことがあるか」
 二十幾つかの瞳が一斉に私を注目した。坊主何がいいたいのかといった表情である。
 「君たちが今、香を手向けたA君(故人)は、その夕日の向こうにいるのだ」。
 観無量寿経というお経のなかに浄土(極楽世界)を観察する方法が説かれている。その最初に登場するのが「日想観」(日没を観る)である。
 我が腹を痛めた王子の手で幽閉された王妃韋堤希(いだいけ)は、再びけがれの多い悪世に生まれたくない。清浄な国土・阿弥陀仏の極楽浄土に生まれ代わりたいと願い、その浄土を観るにはどうすればよいのかと釈尊に尋ねた。
 「あなたは、西に落ちる夕日を観るがよかろう」
 と釈尊は答えた、というのである。
 「君たちがA君に会いたくなったら夕日を見にいけばよい」
 と私は法話を締めくくった。
 この日、私の目の前にあった若者たちはみんな純真な“良い子”だった。
 人は他人の一事を捉えて過大に評価する。それが誤った烙印であったために人生の横道を暴走する例は少なくない。その逆だってありうる。
 A君の納骨式は私に「いまどきの若い者」への思いを一変させた。君たちだってまだ立派に立ち直れる。それを教えてくれたA君と仲間たちの出会いにありがとうをいいたい。







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