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−庫裡から悶々−トップへ                                         (2011/01/29)
 第58回 さつまいもブームに寄せて
 
庫裡から悶々
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第60回 復興に向けてひたすらに祈ろう

第59回 醜き禁じ手の伝統

第58回 さつまいもブームに寄せて

第57回 怪しいタイガーマスク現象

第56回 思い出しても「ぞぉーっ」

第55回 あぁ、日本よ何処へ行く

第54回 黄海上の因縁

第53回 新聞の酒

第52回 追憶のフィンガー・メロディー

第51回 “きょろきょろ人”

第50回 さあ大変!ハが抜けた

第49回 誰ぞ知る

第48回 国鉄由来の事故さばき

第47回 「○にする」

第46回 ゾロ薬品の普及を妨げるのは誰?

第45回 仏像展余話

第44回 “逆出家”老尼の有情無情

第43回 『K・Y』の政教一致

第42回 消えた檀家

第41回 臆病は隠蔽の母

第40回 撒き餌政治

第39回 串刺しルート

第38回 鈴虫だって「リンリ」と鳴く

第37回 複眼で成功した『おくりびと』

第36回 「笑っちゃう」ではすまない

第35回 語り継ぐ義挙

第34回 良い夢見ようよ

第33回 舌禍読禍宰相禍

第32回 冒頭の終わり


第31回 振り込め詐欺の真犯人

第30回 「老人力」のすすめ

第29回 僧徒たるを悔ゆる日

第28回 偶感「昭和二十年八月十五日」

第27回 仰げば恥ずかし わが師の陰

第26回 横綱の品格

第25回 『黄門さま』いずこ

第24回 戒めの16文字

第23回 百年目の「汚物教師」

第22回 怠慢の「12分」

第21回 物言いの一番

第20回 沖縄戦集団自決の真相究明に妥協は許されない

第19回 落ち葉して木々凛々と

第18回 『広辞苑』と私

第17回 子なき家

第16回 “軽老精神”

第15回 5W1Hプラスα

第14回 教育勅語から酌むべきもの

第13回 失われたニッポン人のDNAは再生出来るか

第12回 助けられたり助けたり

第11回 怯懦な共犯者

第10回 「最良のもの」探す日々

第9回 内角の和の中にをり石鼎忌

第8回 世直し先生は街角にいる

第7回 ある天文学者の遺言

第6回 壊れる家々の悲鳴

第5回 嗚呼!硫黄島−兵士たちの慟哭が聞こえる


第4回 よく聴けよ!柳沢大臣

第3回 無機質な社会の中で


第2回 義挙へのもどかしさ

第1回 ついの棲み家は姥捨山

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とかくこの世はははんほほう話


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肇道和尚の「如是我聞」

 徳島の鳴門金時、鹿児島・種子島の安納いもに紫いも……。さつまいもが空前のブームだ。芋そのものだけでなく、さまざまなスウィーツにも加工されて、若い女性の人気を呼んでいるらしい。芋に救われ、芋に泣かされた戦中派としては、芋がこれほどもてはやされるとは意外で、戸惑いすら覚える。おまけに、銘柄ものは目が飛び出すほどに値が張るのだから、驚いてしまう。

 さつま芋は甘く、おいしいものと思い込んでいる若い世代には分からないだろうが、終戦直後のさつま芋は決してうまいものではなかった。肥料不足からやせていて、甘味はなく、腐ってすえた臭いがするものさえあった。それでも、ほかに空腹を満たしてくれるものはなかったから、来る日も来る日も黙々とふかしたさつま芋を食べて辛うじて飢えをしのいだ。多数の餓死者が出た時代、さつま芋を食べられるだけでも恵まれていた。敗戦国民は情けないことに戦後も、飢餓を相手に戦いを続けなければならなかったのである。

 皇居前広場で行われた食糧要求デモの参加者が「朕はタラフク食ってるぞ ナンジ人民飢えて死ね」と大書したプラカードを持って行進したのは終戦の翌年、1946年5月のことだった。この事件は「プラカード事件」と呼ばれ、不敬罪が適用された最後の事件となつたが、天皇を誹謗する人が現れるほどに、誰もがひもじい思いをしていた。さつま芋に命をつなぐ暮らしは、戦後何年か続いたのである。そのせいで、当時を知る世代は総じてさつま芋が嫌いで、名前を耳にしただけで心が粟立つという。同様にカボチャに拒絶反応を示す戦中派もいるが、いずれも今は昔。飽食の時代は、芋もカボチャも美味なるものが増え、消費者がえり好みするまでになっている。

 さつま芋が復権を果たしたように、もう一つ、蘇らせたいものがある。教育勅語である。と言っただけで、時代錯誤だと反発を食らいそうだが、否定されるべきは教育勅語を利用した軍国主義教育と皇民化の思想であって、そこに並べられた徳目には汲むべきことが多い。
 すなわち、@親孝行、A兄弟愛、B夫婦の和合、C友情、D反省と謙虚、E博愛、F学問や技術の習得、G世のため人のための尽力、H憲法や法律の順守、I愛国心――を教育勅語は求めていたのである。民主主義の時代に勅語というのはまずかろうが、儒教の教えに加え、西洋の倫理観を取り入れた内容は、人として守るべき規範として今の時代にも立派に通用する。
 “平和論の神様”と称された戦後の平和主義の論客、清水幾太郎も「これらの徳目は『之ヲ古今ニ通ジテアヤマラズ、之ヲ中外ニ施シテモトラズ』とある通り、すべての時代のすべての社会に通用する一般的なルールなのだ」(『中央公論』1974年11月号)と述べている。

 振り返れば、国会が1948年、GHQ(連合国軍総司令部)におもねって、教育勅語の失効・排除を決議してしまったのは、返す返すも残念ではあった。帝国主義的な思想ばかりでなく、本来は戦争とは無縁の内容までが全否定されたかのように人々が受け止めたからである。敗戦のショックも手伝ってか、是は是、非は非と弁別することができず、戦前戦中の体制への包括的な批判から過剰反応したのかもしれないが、道徳や愛国心と言っただけでアレルギー反応を呈する国民は世界でも日本人ぐらいではないか。不幸な話ではある。

 飢餓時代への記憶が薄れ、人々から嫌悪感が消えてさつま芋の味が見直される今、教育勅語に列挙された徳目の重みも問い直すことができないものか。物心ともに落ち込んだ日本が元気を取り戻すマニュフェストとして活用すべきと思う。どなたか、外連味のない格好で教育勅語の徳目を復権させる方策を編み出してはいただけまいか。







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