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−庫裡から悶々−トップへ                                         (2011/01/17)
 第57回 怪しいタイガーマスク現象
 
庫裡から悶々
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第60回 復興に向けてひたすらに祈ろう

第59回 醜き禁じ手の伝統

第58回 さつまいもブームに寄せて

第57回 怪しいタイガーマスク現象

第56回 思い出しても「ぞぉーっ」

第55回 あぁ、日本よ何処へ行く

第54回 黄海上の因縁

第53回 新聞の酒

第52回 追憶のフィンガー・メロディー

第51回 “きょろきょろ人”

第50回 さあ大変!ハが抜けた

第49回 誰ぞ知る

第48回 国鉄由来の事故さばき

第47回 「○にする」

第46回 ゾロ薬品の普及を妨げるのは誰?

第45回 仏像展余話

第44回 “逆出家”老尼の有情無情

第43回 『K・Y』の政教一致

第42回 消えた檀家

第41回 臆病は隠蔽の母

第40回 撒き餌政治

第39回 串刺しルート

第38回 鈴虫だって「リンリ」と鳴く

第37回 複眼で成功した『おくりびと』

第36回 「笑っちゃう」ではすまない

第35回 語り継ぐ義挙

第34回 良い夢見ようよ

第33回 舌禍読禍宰相禍

第32回 冒頭の終わり


第31回 振り込め詐欺の真犯人

第30回 「老人力」のすすめ

第29回 僧徒たるを悔ゆる日

第28回 偶感「昭和二十年八月十五日」

第27回 仰げば恥ずかし わが師の陰

第26回 横綱の品格

第25回 『黄門さま』いずこ

第24回 戒めの16文字

第23回 百年目の「汚物教師」

第22回 怠慢の「12分」

第21回 物言いの一番

第20回 沖縄戦集団自決の真相究明に妥協は許されない

第19回 落ち葉して木々凛々と

第18回 『広辞苑』と私

第17回 子なき家

第16回 “軽老精神”

第15回 5W1Hプラスα

第14回 教育勅語から酌むべきもの

第13回 失われたニッポン人のDNAは再生出来るか

第12回 助けられたり助けたり

第11回 怯懦な共犯者

第10回 「最良のもの」探す日々

第9回 内角の和の中にをり石鼎忌

第8回 世直し先生は街角にいる

第7回 ある天文学者の遺言

第6回 壊れる家々の悲鳴

第5回 嗚呼!硫黄島−兵士たちの慟哭が聞こえる


第4回 よく聴けよ!柳沢大臣

第3回 無機質な社会の中で


第2回 義挙へのもどかしさ

第1回 ついの棲み家は姥捨山

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 カモン!ルーシー
とかくこの世はははんほほう話


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 檀林風発 
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肇道和尚の「如是我聞」

 一見、ほのぼのとした“タイガーマスク現象”が、怒涛のように日本全土に広がっている。恵まれない施設の子どもたちに突然、ランドセルや図書券、現金を送りつける「タイガーマスク」とは、どんな人たちなのだろう。

 一連の現象に火をつけたのは、梶原一騎原作の漫画『タイガーマスク』の主人公・伊達直人だったが、クレヨンしんちゃんになったり、マルセーヌ・ルパンを気取ったかと思えば、かつての人気テレビ番組『肝っ玉母さん』の主役を務めた京塚昌子を名乗ったケースもある。凶弾に倒れた元長崎市長・伊藤一長もいれば、戦場カメラマンで有名になった渡部陽一と称する人もいる。つまり、タイガーマスクとは複数の匿名の「慈善活動家」の総称で、プレゼント攻勢はあれよあれよ、という間に社会現象と化した。直接、プレゼントを施設に持参した人もいるのに、名は名乗らず、施設側も無理やり聞き出そうとはせぬまま、布施の受け渡しだけはしっかりと行われているところが、今どきの世知辛い風潮を象徴していて面白い。

 漫画を読んだことはないので、インターネットでストーリーを調べてみたら、伊達直人とは、孤児院「ちびっこハウス」で育った、ぐれた少年だった。タイガーマスクをかぶったプロレスで頑張っていたが、組織に支払う上納金をハウスの子どもたちのために使ってしまう。組織の裏切り者として刺客を送られ、抹殺されそうになる。ある日の試合でマスクが外れ正体がばれてからは、残酷な反則を繰り返し、意図的に相手選手を殺す悪役非道のヒールに。だが、最後は子どもたちをかばって交通事故死を遂げる。言ってみれば、薄幸の子どもたちのヒーローだった。

 それにしても、「慈善活動家」たちはなぜ、ヒールの名を騙るのだろう。貧者の一灯を捧げているだけとの謙遜もあろう。たまたま菅首相と同じ「直人」だという偶然の着想かも知れない。もちろん似たような境遇に育ったからという憐憫の情も考えられる。識者たちは戸惑いながらも、「流行に便乗して現代に生きている充実感を味わいたいから」(皇学館大・森眞一教授)、「誰かを喜ばせたいという思いやりから」(精神科医・香山リカさん)=いずれも毎日新聞から=という心理の共通点を推測している。
 それだけか。贈り先が児童相談所や福祉事務所などの恵まれない子どもたちであることを思えば、単なる助け合い精神とは片づけられない社会への不満や抗議とも受け止められる。換言すれば、政争に明け暮れて国民不在の政界を批判する連鎖現象ともいえるだろう。「お前たちがやらなければ、俺たちがやる」と手本を示したのかも知れない。

 江戸末期の盗賊・鼠小僧は武家屋敷の奥向にのみ忍び込み、盗んだ小判を庶民に分け与えたとされ、今日まで根強い人気を誇る。ヴィクトル・ユーゴーの名作『レ・ミゼラブル』の主人公・ジャン・ヴァルジャンもまた波乱の人生を送りながら、貧しい人々に限りない愛を注いだ。犯罪者と同列に論じるのはばかられるが、「慈善活動家」はどこかで義賊を気取っているようにも感じられる。

 理由はどうであれ、見返りを求めない善意の輪が広がって、人々が新たな共生社会の実現を目指しだしたのならば、結構なことではある。義を見てせざるは勇なきなり、とも言う。だが、手放しで歓迎するには躊躇するのは、いかにも流れが付和雷同的であり、多くの「慈善活動家」は恵まれぬ子どもたちの生活にじかに接したわけでもなく、境遇に現実的な同情心を寄せているとも思えないからだ。皮肉な見方をすれば、慈善というよりも自己愛や遊び心に根ざした行為なのではないか。

 いや、たとえ偽善であっても、しないよりはマシ、と考えることはできよう。ただし、その場合も、真っ先に考慮されるべきは善行を押し売りされる子どもたちの心情にほかならない。そもそも優越感から生まれた施しが真の救済になろうはずがない。新品のランドセルにしても、直接、使うことのできる子を喜ばせることはできても、この春、二年生以上になる子どもたちがうらやましがることはないのか。もし、今年限りのプレゼントで終わってしまえば、来春以降の新入学児童は実らぬ期待感を抱かされるだけではないか。結果として、施設の子どもたちの心や仲間意識に亀裂を生じさせることにもなりかねない。気まぐれは罪深い。

 全国のタイガーマスクよ、慈善家に扮する以上、命ある限り続ける覚悟で臨み給え。







和尚が聞く!‐NYOZEGAMON INTERVIEW‐

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