−テラリスト宣言−ホームへ
ニュース&トピックス城源寺へようこそテラリストとは?城源寺に集え!紅さんの講談教室!リンク(準備中です)
読者投稿住職によるコラムなど檀家さん専用(準備中です)
Home

−庫裡から悶々−トップへ                                         (2009/04/13)
    第39回     串刺しルート
 
庫裡から悶々
Top
第40回 撒き餌政治

第39回 串刺しルート

第38回 鈴虫だって「リンリ」と鳴く

第37回 複眼で成功した『おくりびと』

第36回 「笑っちゃう」ではすまない

第35回 語り継ぐ義挙

第34回 良い夢見ようよ

第33回 舌禍読禍宰相禍

第32回 冒頭の終わり


第31回 振り込め詐欺の真犯人

第30回 「老人力」のすすめ

第29回 僧徒たるを悔ゆる日

第28回 偶感「昭和二十年八月十五日」

第27回 仰げば恥ずかし わが師の陰

第26回 横綱の品格

第25回 『黄門さま』いずこ

第24回 戒めの16文字

第23回 百年目の「汚物教師」

第22回 怠慢の「12分」

第21回 物言いの一番

第20回 沖縄戦集団自決の真相究明に妥協は許されない

第19回 落ち葉して木々凛々と

第18回 『広辞苑』と私

第17回 子なき家

第16回 “軽老精神”

第15回 5W1Hプラスα

第14回 教育勅語から酌むべきもの

第13回 失われたニッポン人のDNAは再生出来るか

第12回 助けられたり助けたり

第11回 怯懦な共犯者

第10回 「最良のもの」探す日々

第9回 内角の和の中にをり石鼎忌

第8回 世直し先生は街角にいる

第7回 ある天文学者の遺言

第6回 壊れる家々の悲鳴

第5回 嗚呼!硫黄島−兵士たちの慟哭が聞こえる


第4回 よく聴けよ!柳沢大臣

第3回 無機質な社会の中で


第2回 義挙へのもどかしさ

第1回 ついの棲み家は姥捨山

バックナンバー一覧


 カモン!ルーシー
とかくこの世はははんほほう話


感想等はこちらからお送りください
   メールフォーム

 檀林風発 
↑読者投稿欄


肇道和尚の「如是我聞」

 新幹線のレールは国内ばかりか、世界へ伸びる。すでに輸出された中国、台湾では活況を呈し、さらに米カリフォルニアにも延伸される見通しだ。1964年に東海道新幹線が開業する前から鉄道記者として新幹線の建設や運行計画などを取材していただけに、今日の発展、隆盛ぶりを目の当たりにし、感慨深いものがある。

 忘れ得ぬ取材相手も少なくない。その1人が岡部達郎さんだ。国鉄で建設局長、常務理事を務め、退職後は乞われて郷里・横浜で「みなとみらい21」の常務となった。病魔に倒れて今はないが、技術屋には珍しい豪放磊落な人柄で、私とは妙にウマが合った。

 「ひかりは西へ」をキャッチフレーズに新大阪−岡山間が開業したのが1972年だから、その何年か前のことだ。岡部さんは、国鉄山陽新幹線建設部の企画課長のポストにあった。文科系出身者が多い新聞記者は、難解な数式や用語を理解するのに骨が折れるからと、とかく技術部門の取材を敬遠しがちだが、技術屋ならではの苦労話には、事務部門とは一味違う切実感が漂い、聞くたびに心が躍った。他社の記者が寄り付かぬ分、歓待もされたから、取材の穴場でもあった。

 その日もお茶を勧められ、雑談を交わすうちに山陽新幹線の建設問題へと話は及んだ。用地買収を担当していた岡部さんは、反対派を説得するため通勤新線の建設を交換条件に掲げ、その実現のために奔走している、といった裏話を明かした。明治の鉄道草創期、ばい煙と糞尿を撒き散らす汽車が嫌われ、全国各地で鉄道建設が難航したことは知られているが、当時の新幹線もまた、騒音と振動をもたらすだけだ、と嫌われていた。それだけに、用地買収には並々ならぬ苦労があったのだろう。

 それでいて、阪神の3市が騒音を理由に買収を拒むので西明石−博多間を先に建設してプレッシャーを掛けるんだ、といった裏技までサラリと披露してくれるから、“岡部節”にはたまらない魅力があった。だが、岡部さんが「広島県内では四つの城を串刺しにして走るんですよ」と口にした時には、思わず我と我が耳を疑った。山陽新幹線がどのようなルートで建設されるのかは極秘中の極秘事項であり、関係者の誰もが知りたがっている最大の関心事だった。

 岡部さんが言う四つの城とは福山、三原、高山、妻高山の各城を指していた。それを串刺しにするとは、四つの城下町を貫くルートが選ばれた、ということにほかならない。はやる気持ちを顔に出さないように気をつけながら席を辞し、地図の上で岡部さんの話を反芻すると停車駅までが浮かび上がった。早速、現地に出張して裏づけ取材を進め、串刺しという表現を借用して原稿を書いた。スクープだった。記事には「山陽新幹線ルート決まる 文化財の4城を串刺し」と、岡部さんの言葉そのままの見出しが踊っていた。

 翌日、編集局長賞の受賞が決まったことの御礼も兼ねて国鉄本社に出かけると、岡部さんは「“4城串刺し”とは面白い見出しだね」ととぼけてみせた。「おかげで現地から苦情が殺到していますよ」と愚痴をこぼしながら、顔は笑っていた。線路が各城の直近を通過することについては地元と協議を重ね、文化庁の了解も取り付けていたが、新聞に出れば話は別だ。各方面から苦情や批判が相次ぐのは火を見るより明らかだった。

 それを承知でしゃべってくれたのは、世間に発表するタイミングをうかがっていたところに、折りよく私が取材に訪れたためだったか、苦労してまとめた計画を実現するには反対派の集中砲火を浴びることもやむを得ないとの一種の嗜虐的な思いが働いていたのだろうか。岡部さんは後日、『新幹線、ここまでやらなきゃ走れない――工事屋の苦労も聞いてくれ』と題する著書を上梓している。新幹線の華やかな栄光の陰に封じ込められた黒衣たちの苦難の足跡を、語らずには、書かずにはいられなかったのかもしれない。

 心残りが一つある。岡部さんからユダヤ系米国人のモルデカイ・モーゼの『日本人に謝りたい』(日新報道刊)という本を探してくれと頼まれたのだが、絶版になっていたために見つけるのに手間取り、生前にお届けすることができなかったからだ。GHQ(連合国総司令部)の占領政策が日本人の教育と道義の退廃を招いた、とする立場から日本人の蘇生を願う内容の著作である。岡部さんは家族制度の崩壊が日本人を駄目にした、と嘆いていたという。新幹線の開業に象徴される戦後日本の復興、躍進が、串刺しにしたものの多寡についても“岡部節”を聞いてみたかった。









Copyright © 2007 JOUGENJI All Rights Reserved.
−テラリスト宣言−小田原 城源寺のホームページです。