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−庫裡から悶々−トップへ                                         (2009/03/08)
  第37回   複眼で成功した『おくりびと』
 
庫裡から悶々
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第39回 串刺しルート

第38回 鈴虫だって「リンリ」と鳴く

第37回 複眼で成功した『おくりびと』

第36回 「笑っちゃう」ではすまない

第35回 語り継ぐ義挙

第34回 良い夢見ようよ

第33回 舌禍読禍宰相禍

第32回 冒頭の終わり


第31回 振り込め詐欺の真犯人

第30回 「老人力」のすすめ

第29回 僧徒たるを悔ゆる日

第28回 偶感「昭和二十年八月十五日」

第27回 仰げば恥ずかし わが師の陰

第26回 横綱の品格

第25回 『黄門さま』いずこ

第24回 戒めの16文字

第23回 百年目の「汚物教師」

第22回 怠慢の「12分」

第21回 物言いの一番

第20回 沖縄戦集団自決の真相究明に妥協は許されない

第19回 落ち葉して木々凛々と

第18回 『広辞苑』と私

第17回 子なき家

第16回 “軽老精神”

第15回 5W1Hプラスα

第14回 教育勅語から酌むべきもの

第13回 失われたニッポン人のDNAは再生出来るか

第12回 助けられたり助けたり

第11回 怯懦な共犯者

第10回 「最良のもの」探す日々

第9回 内角の和の中にをり石鼎忌

第8回 世直し先生は街角にいる

第7回 ある天文学者の遺言

第6回 壊れる家々の悲鳴

第5回 嗚呼!硫黄島−兵士たちの慟哭が聞こえる


第4回 よく聴けよ!柳沢大臣

第3回 無機質な社会の中で


第2回 義挙へのもどかしさ

第1回 ついの棲み家は姥捨山

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 カモン!ルーシー
とかくこの世はははんほほう話


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 檀林風発 
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肇道和尚の「如是我聞」

 アカデミー賞に輝く映画『おくりびと』を観た。重いテーマを飄々とこなしながらも、生と死を巡る肉親や近隣の人々が織り成す哀歓。観衆は改めて、わが歩んだ生き様、これから迎える死に様に思いを馳せる。

 『納棺夫日記』。 富山県内の出版社から発行されたこの実録に感動した俳優・本木雅弘さん(元シブがき隊のアイドル・モックン)が「人の死を問う映画を撮りたい」と15年間も構想を暖めてようやく世に出した作品と聞いていた。それだけに、まだ見ぬうちからその手法が気になってならなかった。僧侶でもない俗人が、人の嫌がる死体の話を取り上げてみたいという発想の奇抜さに興味を抱いたからである。

 いま、葬式のあり方が問われている。形式と世間体に走るあまり、葬うという敬虔な心がともすると失われがちである。
 「親は泣き寄り、他人は食い寄り」。 そして、お寺と葬儀屋だけが儲けている、との批判が広がっているのも事実である。そうした葬送儀礼のもとでは、納棺夫の作業は、人から敬遠される黒衣の仕事として片づけられがちだ。だが、丁重に湯灌、化粧、旅支度を整える姿は、悲しみに沈む遺族には一つの救いとなり、感銘と感謝の念を生む。

 スクリーンの納棺所作には、芸術性を感じた人も少なくない。葬儀の主役は導師と呼ばれる僧侶のはずだが、この映画では、納棺夫を見事な導師に引き上げた。
 死人―葬式―寺(僧侶)の連想が普遍的だが、『おくりびと』では、納棺夫の敬虔な所作と芸術性から死人―納棺夫と直結し、僧侶の出る幕がない。

 社会現象への反応が鈍い坊さんに愛想を尽かせた知人が、こう揶揄った。「今時、お寺の檀家になることは、高級寿司店に入って“時価”と書かれたネタを注文するようなものだ」。いくらかかるか心配だというわけだ。
 葬儀をせずに「お別れ会」で済ます風潮に安穏としてはいられない。他人様に言われるまでもなく、僧侶の危機管理意識の希薄さを痛感する今日このごろではある。

 『おくりびと』は「癒し」の映画でもあった。米アカデミー賞外国語映画賞委員会のマーク・ジョンソン委員長は「新聞、テレビで毎日、戦争に直面しているアメリカ人は、戦争はもう見たくないと思っている」と語っている。アメリカ人だけではない。連日、人殺しや政治不信など殺伐さと退廃に満ち満ちた社会にうんざりしている日本人にとっても、癒しの映画であった。

 死を語る宗教色を排除して成功しているところが、この映画の秀逸たる所以でもある。それを可能にしたのは“複眼”であろう。死の周辺を悲しみを超越した複眼で捉えたところが素晴らしいのだ。価値観が多様化した現代を単眼で見ていたら、いつまで経っても世の中は変わらない、複眼でとらえればこそ、世の中は変わって見えてくる。それをこの映画は教えてくれた。changeである。









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