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Home 【節分会】落語と民謡と福引で大賑わい≪八代目柳橋が来るよ!≫

−庫裡から悶々−トップへ (2007/02/19)
第5回 嗚呼! 硫黄島         
              −兵士たちの慟哭が聞こえる
  
庫裡から悶々
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第35回 語り継ぐ義挙

第34回 良い夢見ようよ

第33回 舌禍読禍宰相禍

第32回 冒頭の終わり

第31回 振り込め詐欺の真犯人

第30回 「老人力」のすすめ

第29回 僧徒たるを悔ゆる日

第28回 偶感「昭和二十年八月十五日」

第27回 仰げば恥ずかし わが師の陰

第26回 横綱の品格

第25回 『黄門さま』いずこ

第24回 戒めの16文字

第23回 百年目の「汚物教師」

第22回 怠慢の「12分」

第21回 物言いの一番

第20回 沖縄戦集団自決の真相究明に妥協は許されない

第19回 落ち葉して木々凛々と

第18回 『広辞苑』と私

第17回 子なき家

第16回 “軽老精神”

第15回 5W1Hプラスα

第14回 教育勅語から酌むべきもの

第13回 失われたニッポン人のDNAは再生出来るか

第12回 助けられたり助けたり

第11回 怯懦な共犯者

第10回 「最良のもの」探す日々

第9回 内角の和の中にをり石鼎忌

第8回 世直し先生は街角にいる

第7回 ある天文学者の遺言

第6回 壊れる家々の悲鳴

第5回 嗚呼!硫黄島−兵士たちの慟哭が聞こえる


第4回 よく聴けよ!柳沢大臣

第3回 無機質な社会の中で


第2回 義挙へのもどかしさ

第1回 ついの棲み家は姥捨山

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 カモン!ルーシー
とかくこの世は
ははんほほう話

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 檀林風発


肇道和尚の「如是我聞」

 映画『硫黄島からの手紙』を観た。太平洋戦争の激戦地、硫黄島を舞台にしたクリント・イーストウッド監督の作品だ。先に公開された『父親たちの星条旗』と2部作品になっており、それぞれが日米双方からの目線で描かれていることでも話題を呼んでいる。

 栗林忠道中将の悲劇を描いた梯久美子の著作『散るぞ悲しき』が一昨年の大宅壮一ノンフィクション賞を受賞するなど、このところ「硫黄島もの」ブームが続き、日本人の心から風化しかけた太平洋戦争の記憶が蘇えりつつある。

 硫黄島は東京から南へ1,250`の孤島とはいえ、れっきとした東京都内。小笠原村である。一周わずか22`、世田谷区の半分くらいの小さなこの島で2万余の日本軍が6万という3倍ものアメリカ軍を迎え撃った。戦闘は昭和20年2月19日から3月26日まで1ヵ月余にわたった。
 すでに制海、制空権を失い、食糧や飲料水の欠乏に耐えながら地下壕に立て籠もって、徹底抗戦した日本軍だったが、物量を頼んだ米軍の十字砲火を浴び、火炎放射器で焼き払われて玉砕。戦死者は両軍合わせて2万7千人を数えた。日本軍の指揮官・栗林中将は自決したと伝えられている。

 いま硫黄島には4百人ほどの自衛隊員が常駐している。米空軍も年2回ほど夜間発着訓練に訪れるが、一般人の立ち入りは出来ない。島内では今も不発弾処理が続けられており、昨年発見処理された不発弾は16,445発、約4トンにも及んだという。

 あの戦争は一体ナンのために? そのころの日本は? どうしてこんな国になってしまったのか? 英霊は誰のために死んだのか? 映画を観て、改めて考えさせられた。そして、靖国の神々が願った本当の「東洋平和の道程」を想った。


 映画に涙した翌日、私は後輩に依頼して、戦後はじめて硫黄島に足を踏み入れた先輩記者の踏破記を入手した。昭和27年1月31日付の毎日新聞だ。福湯、増田両特派員は2人とも故人となったが、私の上司だった思い出の人だ。
 「硫黄島の砂は赤く黒かった」で始まる文言は当時、激闘の跡を伝える名文といわれた。

 「それが余りに鮮やかなので、その下にはまだ兵士の血が流れているような気がする。島のあちこちに掘られた洞窟陣地には、今もなお兵士たちの戦いの跡がありのままに残っていて、血を同じくする私どもの胸を強くゆすぶる。
 栗林部隊が最後の一人まで激しい抵抗を続けた北部落の陣地の壁に、切れ切れの字で『お・母・さ・ん』と書かれてあるのを見つけた。それを書いた兵士はそこで力つきて慈愛深いお母さんに別れを告げたのであろう。
 ああ、この島を埋めた2万数千の兵士よ、その霊よ。私たちはあなた方が祖国に捧げた忠誠心を永久に忘れはしない。戦いには敗れたけれど私たちは民族の歴史の中にあなた方のような兵士を持ち得たことを、どんなに誇りに思っていることだろうか」

 踏破記はこの後、島の惨状に触れ「アメリカ軍が上陸に当たって死の突撃で1インチずつ前進したという東海岸はどす黒い砂丘の向こう側にあった。波打ち際には上陸用舟艇や戦車、重火器、塩水分離機などが赤さびたまま無数にほうり出されてある。スクラップにして5万トンに及ぶそうで戦いの激しさを想像することが出来る。
 砂が黒いのは砲弾の小さな粒が砂と一緒になっているからで、それから7年後の今日黒く光っているのをみて、私どもはアメリカ軍の物量の偉大さを初めて実感として受け取ることが出来た」
 「海岸を見下ろす摺鉢山は頂の三分の一がなくなり、両側が鋭く削り取られており、その当時の模様を頭に描いただけで戦慄を覚えるのである」


 英霊の流した血が染み込んだ硫黄島。そこに駐留する自衛官たちの間では日本兵士の幽霊を見たという話は尽きない。『名をこそ惜しめ−硫黄島魂の記録』の著者・津本陽氏が取材中に海上自衛官から聞いた話が雑誌・別冊宝島『栗林忠道−硫黄島の戦い』に引用されている。
 ―島の宿舎で、夜、トイレに行こうとベッドから降りたら旧日本軍の軍人が車座になって酒を飲んでいる。「お前も飲め」と言われ、歓談しながら一緒に酒を飲んでいた。ベッドから降りてきた同僚に「そんなところにひとりで座って何をしてるんだ」と言われて、ハッと気がついた―という。

 超高齢と超少子化で日本の将来は厳しい。現行の年金も、医療制度もパンク寸前、お先真っ暗だ。ただただ無気力。日本の風土が育て上げてきた秩序も人情も、誇りも消えてしまった。こんな日本人ではなかったはずだ。

 英霊たちの慟哭が聞こえてくる。忘れていた日本の歴史を読み直して元気を取り戻したい。
 硫黄島の激戦を語るとき、アメリカ人でさえ恩讐を超えて日本兵士の健闘を讃えているのだ。






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