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春風亭柏枝さん インタビュー
落語家 春風亭柏枝さん インタビュー

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春風亭柏枝さん       料簡の持ちよう

 ――大師匠から一番学んだことと言えば……。
 ご自身も気が利く方でしたし、気配りや努力の大切さを教えようとしていたことはもちろんですが、煎じ詰めれば料簡かな。そう、噺家には料簡が何よりも大事だと師匠は伝えたかったんでしょうね。たとえば、稽古をつけてもらうにしても、親しくなるにつれ慣れてしまい、ありがたさも薄れて、口の利き方がぞんざいになったりする。その時の頼み方の態度一つなんかでは随分、細かく注意されたもんです。
 こんなことがありました。ある日、庭の掃除をしていたら、縁側から「おい」って師匠が声を掛けるんです。「お前、マンションに住んでいる師匠なら、庭の掃除なんかさせられずに済んだと思いながら、掃いているだろう?」って、言うんです。「そんなことありません」と答えると、「いやあ、思っているよ、お前は」と言い張る。「そうでなきゃ、もっと気合入れて掃除すると思うけどなあ。お前は上から見て掃いているが、下から覗いて植木の根元がきれいになっていると、気持ちがいいんだけどなあ」なんて、言うわけです。一生懸命やれ、とか、先へ先へ読んで気が利くようにしろ、といった意味もあるんでしょうが、問題はその時の心の持ちよう、料簡なんです。

     腹が減ったら稽古しろ!

 ――前座は無給ですか?
 もちろん。師匠は指導料をとらない代わり、給料も支払わない。ただね、この世界では「腹が減ったら稽古しろ」という言葉があるんですけれど、先輩に稽古をつけてもらえれば、大概は終わってから「飯食ってけ」ということになる。さらに「じゃあ、ご苦労さん」と電車賃だ、車賃だ、といって小遣いまでくれるわけです。だから、毎日稽古をしていれば食いっっぱぐれがないんです。努力する気がある奴は面倒みるよ、と。これが落語界の徒弟制度のすごいところで、そういうしきたりなんです。

 ――よその師匠も稽古をつけてくれるんですか?
 ええ。先輩は全部教えてくれる。お金も取らない。自分の弟子であろうがあるまいが、所属する協会が同じだろうが違おうが。ただし、気に入られていないと「悪いね、ちょっと忙しくてさ」って断わられちゃう。そこで気に入られるためにどうするか、と考えるんです。楽屋では、先輩たちに気に入られるように工夫する。お茶汲みなんかは当たり前。工夫をするうちに、お客様にどう気に入られるか、という芸にも結びつく。うるさいけれど、すべて自分に返って来る。それが徒弟制度のいいところですね。
 ウチの師匠は、よその師匠への稽古の頼み方なんかも指導してくれました。稽古を頼むと、「何日何時に来い」と言われるわけですが、「お前、それで時間通りに行っているようじゃ駄目だぞ」と教えられたもんです。1時間は前に行って、おかみさんに「何かお手伝いすることはありませんか」と尋ね、かいがいしく働いて来い、というわけです。そこの料簡を見られているというわけで、師匠は「おかみさんに気に入られなくちゃいけねえ」と、よく言っていましたっけ。

 ――それにしても、面倒見がいい世界なんですね。
 前座に寄席の楽屋で雑用をさせるのも、勉強をさせようとの思いがあるからなんです。寄席では、噺家たちは自分の出番の前にやって来て、高座を務め終えたら引き上げてしまう。大勢の噺家が顔を揃えるということなんか、滅多にないんです。もちろん他の噺家の落語を聞いてなんかいません。前座だけが最初から最後までずっと聴いている。これも徒弟制度の良いところ。バカヤロウ、バカヤロウと怒鳴られ通しだけど、それでも勉強するチャンスだけは与えられている。すごいでしょう? 何人もの先輩の落語を聴いて勉強した上で、自分がこの人だと思った師匠に稽古をつけてもらうシステムになっているんですから。

 ――落語と徒弟制度は不可分の関係のようですが。
 ええ。世間からは徒弟制度が消えつつありますが、落語界からなくなれば落語までが駄目になってしまうように思います。やはり、抑え付ける時は抑え付けなければ駄目なんでしょうね。弟子が師匠を追い抜くことができるようなことでも、師匠がある程度抑え付けておくことで、弟子にはエネルギーが蓄積されていく。それに、いきなり教えちゃうと身に付かないんですよね。無駄なところを歩いて行かないと、目標にはたどり着かない。芸も技もすぐに忘れちゃう。伝授することを重視すれば、絶対に教えちゃあ駄目なんです。教わる方が盗みに来ない限りは、ね、

     早い者勝ちのネタ選び

 ――ところで、先ほどの寄席の話ですが、1日に20人から30人も出演するのに、出し物をどうやって調整するのですか。
“城源寺寄席”での柏枝師匠 調整なんか何もしません。打ち合わせもしません。噺家は高座に上がってから、ネタを決めるもんなんです。だから、入場者に配られるプログラムや舞台の「めくり」にも噺家の名前だけで、出し物は記されていないでしょう?
 そうそう、寄席の客席が明るくなっていることにお気づきだと思います。噺家側からお客さまの顔色が見えるようにするためです。コンサートや芝居は演じる側が自分たちの世界に浸って演じるので、客席は暗くてよいのでしょうが、落語はお客さまの反応によって噺の中身を変える。思ったように受けなかったら、もっとくすぐってみようとか。ネタにしても、高座に上って世間話をしながらお客さまの顔色を伺い、決めるんです。
 一方で寄席には先に出た噺をしてはならない、というルールがありますから、その日の記録を見て、ダブらないようにネタを選ぶわけです。その記録をつけるのが、一日中寄席に詰めている前座の役割なんです。
 面白いことに、噺家は発想が似通っているのか、家を出る時にこれをやろう、と考えていても、自分の出番より前に出た人が先にやってしまっていることが珍しくないんです。春なら花見とか寒いから熱燗の噺とか、天候や季節に応じて、誰もがその日にふさわしく、お客さまに喜んでもらえるネタを選びますからね。要は、早い者勝ちです。だから、最後の出番、トリを取るためには、前に何十人かが話したのとは違うネタをしなければならない。少なくとも30から40はネタを仕込んでいなければならない、っていうことになるんです。

     私なりの「柳橋」を

 ――さて、いよいよ大看板を背負うことになりますが、八代目春風亭柳橋としての抱負をお聞かせください。
 お客様の期待も大きいし、襲名が決まってからは「名人になるんですね」と言われたりもするんですけれど、名前が変わったから急に名人になれるわけではありません。芸そのものが急に変わるものでもありません。周りからいろいろ言われ、やっぱりそうなんだよな、と師匠の大きさを改めて噛み締めていますが、私としては気負わず、今までやってきたことを地道に続けて、自分なりの「柳橋」を作っていくしかない、と考えています。ただ「芝浜」だけはウチの師匠も大事にしていた噺だし、私自身にも思い入れもあるんで、磨き上げて、いずれは城源寺でもやらせて頂こうと思っています。

2008年節分 ――人間国宝になっても、“城源寺寄席”を見捨ててもらっちゃあ、困りますよ。(笑い)
 (笑い)そりゃあ、もちろん。そんな料簡ではおりません。じっくり落語を聞いて下さる場所を設けて頂きありがたい限りです。お客さまと生の触れ合いができますし、末永く大事にさせて頂きたいと思います。こちらこそ、よろしくお願い致します。

(Interview:2008-02-03)
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春風亭柏枝師匠のホームページ:
春風亭柏枝ホームページ

(城源寺ニュース)柏枝さん、柳橋を襲名へ

“城源寺寄席” 2007年 2008年
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