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ははんほほう話                                (2010/02/21)
第15回   大きな忘れ物 
ははんほほう話
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第16回 トイレの神様

第15回 大きな忘れ物

第14回 “キになる”言葉

第13回 汝、西方を思念せよ

第12回 自殺と共生――清水由貴子さんの死に思う

第11回 僧侶の一分

第10回 妙子地蔵縁起

第9回 「共生」考

第8回 私のお墓の前で泣いてください

第7回 「足のない教団」といわれて

第6回 おふくろさんよ

第5回 ウルトラマンの慈悲

第4回 ほのぼの交番

第3回 「定形外」を目指す


第2回 再論・悪魔ちゃん騒動

第1回 本能と煩悩

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 カモン!ルーシー
庫裡から悶々
とかくこの世は




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 檀林風発
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肇道和尚の「如是我聞」
 
 出入りの石屋さんが顔を見るたびに、ぼやく。「近ごろ、めっきり仕事がないんです」。私の返す言葉は決まっている。「いつまでも寺に張り付いている時代じゃありませんよ。そろそろ商売替えを考えたらいかが」

 寺檀関係はとっくに崩れ、家族制度も消滅した。結婚式は「太郎と花子」の披露宴になっているのだから、葬式だって、病院から火葬場に直行する“直葬”になって不思議ではない。寺や葬儀店の出番はない。散骨や樹木葬ならば、町の石屋さんも要らない。このままでは寺や墓地に未来はない。

 「家」の崩壊。戦後の家族法改正を容認した人々が、いま、ようやく気付いた忘れ物は「老・病・死」の課題である。老いた肉親を慈しみ、養護する家族や社会が存在しなくなっていることだ。

 住居としての家はもちろん、ある。だが、子に見捨てられて庇護する者のいない独居老人が、巷にあふれる。それが多発する自殺やオレオレ詐欺の被害の温床でもある。世の中は死の尊厳や死者の遇し方を考える余裕を失い、「今を生きる」ことしか念頭にない刹那主義に陥っている。やがては寺の墓地に並ぶ「先祖代々」の石塔文字だけが、かつて家の制度ありき、と物語る時代になってしまうのかもしれない。

 一冊の本がある。敗戦後の日本を占領していた連合軍総司令部(GHQ)の顧問だったユダヤ系米国人のモルデカイ・モーゼ氏が著した『日本人に謝りたい』(日新報道刊)である。氏は、占領政策の目玉として日本の家族制度の廃絶を提案した人物である。

 「日本人は優秀な民族です。こんな小国で世界の大国を相手に数年間も戦えたのだから、中途半端な占領政策では駄目です。鞭より飴を与えて徹底的な骨抜きを図りましょう。日本の家庭は、小さな君主国です。家長は家の天皇です」。こう言って、日本の家族制度を潰すことを飴玉政策の筆頭に掲げた。国を、天皇を父、皇后を母とする家族に見立てた絶対君主国家を民主国家に改造するには、末端の家の制度を潰すことが先決と考えたればこそ、の施策である。

 効果は想像した以上に早く現れた。家長の束縛から解放された家族たちは、隠された意図は露知らず、占領軍から贈られた飴玉に飛びついた。そして、家族制度の象徴でもあった親孝行の美徳が家々から消え失せ、兄弟愛も夫婦愛も親戚づき合いも損なわれた。友情、博愛といった戦前の道徳を支えていた理念の数々までが、ことごとく消失してしまったのである。

 これにはモーゼ氏をはじめGHQの人々はあ然としたらしい。帝国主義どころか、あれほど命懸けで大切にしていたはずの愛国心や大和魂までも、あっさりと捨て去られてしまったからだ。無節操とも評すべき変わり身の速さ。モーゼ氏は秩序を失ってさまよい出した日本の姿をみるに付け、己の責任ではないか、と慙愧の念に耐えられなかったらしい。

 戦後社会では福祉の充実が図られてきたが、見ようによっては、福祉とは子なき家や親不孝者を救済するための便宜的な措置にすぎず、幸福の実現を目指すものとは言い難い。年金制度にしても、むしろ親子の離反や少子化を助長している。

 考えてもみよう。昔なら老親は子の手助けなしに生きられなかったが、今は福祉が代わりを務めてくれる。家計も子の収入、独立した子からの仕送りに支えられていたのに、年金があるから子の援助は不要になった。必要とされなければ敢えて負担を背負うことはない、と子の側が考えるのは無理からぬところである。老後も子の世話にならないのなら、手間ひまかけて煩わしい子育てをすることもない、と人は考えるようになった。

 その結果、家を出た子どもたちは親許に寄り付かず、自分たちが楽しむことばかりで親の苦労を顧みない。電話一本掛けてこなくなったせいで、わが子の声を忘れてしまった父母たちは、易々とオレオレ詐欺の餌食にされてしまう。年寄りの誰も彼もが福祉に頼らざるを得なくなっているから、施設はどこもパンク状態で、福祉社会の理想のシステムは機能不全状態だ。やはり頼みの綱は家族だ、と気付いても、覆水盆に還らずで一度壊れた家は修復不可能だ。

 これも末法、所詮は非情の世界だと割り切るのは哀しすぎる。せめて寺が新たな家族観を提案し、乾ききった時代に心の潤いを取り戻させることができればよいのだが、今なお葬式仏教に執着する僧侶たちは、事態の深刻さに無頓着でいる。世直しは寺の改革から、なのかもしれない。







和尚が聞く!‐NYOZEGAMON INTERVIEW‐

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