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ははんほほう話                                (2007/12/20)
第10回 妙子地蔵縁起     
ははんほほう話
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第11回 僧侶の一分

第10回 妙子地蔵縁起

第9回 「共生」考

第8回 私のお墓の前で泣いてください

第7回 「足のない教団」といわれて

第6回 おふくろさんよ

第5回 ウルトラマンの慈悲

第4回 ほのぼの交番

第3回 「定形外」を目指す


第2回 再論・悪魔ちゃん騒動

第1回 本能と煩悩

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 カモン!ルーシー
庫裡から悶々
とかくこの世は




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 檀林風発
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肇道和尚の「如是我聞」
 
 井山京子が実は偽名で、本名は伊川妙子だった、と友人たちが知ったのは、重篤の知らせで、駆けつけた病室のネームカードにそう記されていたからだった。わずか3ヶ月足らずの入院で帰らぬ人となってしまった京子。健康が売り物だと自慢していたから病の進行に気づかなかったのか、我慢していたのか。彼女の遺体の前に集まった知人らが、嗚咽にむせびながらもらした言葉は異口同音に「京子なんで死んじゃったのよ」。 58歳の人生を独身で通したが、みんなに愛され、頼りにされた生涯だった。

 京子が高校2年生の16歳で埼玉の実家を飛び出したという過去を、何人かの友人が聞いていた。だが、陽気で親切、職場での仕事ぶりは、他人の嫌がることでも「わたしにやらせて」と積極的だった。
 手先も器用だが、趣味のギターを弾かせればプロ級。市内の音楽教室で教えていたという腕だ。
 アウトサイダー特有の暗い影なんて微塵もない。「あんた、家出したって本当?」と尋ねれば「そうよ」と答えてケロッとしているから、それ以上は聞けないし、京子も語らなかった。

 他人が困っていると言うと、嫌な顔もせずにポンと身銭を切ってやる。だから、蓄えなど無かった。皆で費用を出し合い、役所の紹介で友人葬だけは済ませたが、遺骨をそのままにしておけない。納骨の段階で相談を受けたのが私共の寺だった。

 いま、葬式は「お別れの会」と呼ばれ、埋骨が散骨に代わり、派手葬よりも地味葬を。葬祭儀礼のあり方が問われている。家族制度の崩壊、高齢少子化がもたらした必然かもしれない。そんな現状の打開の一策として作った納骨堂へ収めて貰えないかとの相談だった。
 私共の納骨堂は「絆の会」と称する生前会員によって維持される。ひとつの墓域(納骨堂)を共有するメモリアルメイトが「生と死」を見つめ、語り合い、弔い合おうというものだ。

 納骨当日の参列者は20人を超えた。臨時工として働いていた大手フィルム工場の元同僚、ギターの同好、アパートの住人、以前住んでいた家の大家さんなど、身寄りの無い故人にしては、破格の人数であり、多彩でもあった。陽気な人だったから食事会形式でと開かれた忌中払いには住職も誘われた。

 近頃、檀信徒以外からも納骨堂の問い合わせが多い。ときには、家を飛び出した放蕩者を菩提寺の墓に納められないからと、頼まれる。「うちは投げ込み寺ではない」と断ったり「その料簡間違っているよ」と説得したこともあるだけに、今回のケースには大いに感動させられた。故人に対する思いやりが、親身も及ばぬ程なのだ。

 納骨の後も、毎日誰かが花をあげにくる。そして住職も驚くような提言が持ち込まれたのだ。
 「妙子ちゃんの菩提を願って墓地の一角にお地蔵さんを建ててあげたい」というのだ。

 篤志は石屋をも動かし、彼女の百ヶ日までに『妙子地蔵』建立の話が実現しようとしている。

 今年の世相を表現する漢字に『偽』が選ばれた。すべてが偽装社会の中で、この友情だけは本物だと、わたしは信じている。









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