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「檀林」とは仏教の学問所であり、寺を指す言葉でもあります。メールの内容によっては、改めて本コーナーで紹介し、議論を提起したいと思います。ネット上で城源寺を舞台に、テラリストたちが“談論風発”する状況が生まれれば幸いです

檀林風発

肇道和尚の「如是我聞」をお読みになってのご感想や、『テラリスト宣言』についてのご意見、城源寺フォーラム体験談などを募集しています

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−テラリスト−07  妙子地蔵縁起を読んで
品川娘

 12月3日(月)毎日新聞の朝刊一面の「余録」の欄の最後の所にお寺にはサンスクリット語(梵語)で「いのちを光り輝かせるところ」という意味があるとありました。私は今までお寺は人生の終着駅と思っていましたので、この文章はとても心に残りました。
 お寺は若者たちが自分探しをするための最適の場所で地域の活性化にもつながる・・・・
 私の菩提寺「城源寺」がこの文章と重なり、とても嬉しくなりました。この一年倫理観の崩壊で暗いニュースばかりでしたが、まだまだ明るい、暖かいニュースもあるんですね。

 「テラリスト」この一年楽しく拝読いたしました。来年も楽しみにしております。有難うございました。


肇道和尚より 古林肇道

 ホームページ開設から一年、品川娘さんが度々投稿してくださりましたことは、更新の大きな励みとなりました。心からお礼申し上げます。
 来年も引き続きご愛読、ご支援のほどよろしくお願い致します。

ははんほほう話第10回「妙子地蔵縁起」


−テラリスト−06  「共生」を拝読して
品川娘

 12日の夕方「テラリスト」を開き、共生を拝読して大変心を打たれました。
 椎尾先生の人間を四つのタイプに分類した方法、読み続く程に黒川紀章氏が登場、椎尾先生に心服し「共生」を旗印に都知事・・落選、参議院選挙・・落選と話題を提供した人物。建築家として、世界を席巻したのに? 何故政治家に? 今更と疑問を投げかけ、私も理解し難いなあ? と思う一人でした。

 パソコンを閉じ、夕飯時テレビを入れて、驚きました。先程思い浮かべたばかりの黒川紀章氏の訃報のニュース。あんなに張り切って世直しを説いていらしたのに・・・ ふしぎな気持ちに陥りました。
 ご冥福をお祈りいたします。


ははんほほう話第9回「「共生」考」

肇道和尚より 古林肇道

 品川娘さん、いつも投稿ありがとうございます! 本当に嬉しく、とても励みになります。これからも、“テラリストの輪”が広がることを念じて更新して参ります。ご支援ください。


−テラリスト−05  お墓での逢瀬
品川娘

 連れ合いを亡くしてもう10数年、私の楽しみは彼とのお墓での出会いです。

 春、柄杓で墓石に水をかけると、ひらひらと蝶の姿で現れ、良くきたね! と言うように嬉しそうに飛び廻ります。夏には大きなトンボになって、ゆっくりと羽を休め、秋には羽音も高く脚長バチに変身して、迎えてくれます。気がつくと私も声に出して日常の出来事を蝶やトンボやハチに話かけています。
 きっと、僕はかわらないけど、君は随分皺も白髪も増えたねぇ! と観察しながら飛びまわってるんでしょうね。お墓の前は泣くにも声に出して語りかけるにも、とても、とてもいい場所です。

 軽くなった足での帰り道、今度のお彼岸にはどんな姿でお目にかかれるかしら? と楽しみに・・・


ははんほほう話第8回「私のお墓の前で泣いてください」


−テラリスト−04  庫裡から悶々(軽老精神)
観○寺影の人

 観○寺の住職から、後任に誘われて陰の寺男をしているうちに住職が突然死、日向に出ないで影のまま! 本当に庫裡で悶々の私です。

 師事していたお上人が生きてたら同じように怒るでしょうね、と思いながら苦笑しました。
 老人がそうなら壮年も酷いものです。家内が「統合失調証」で5年在宅して手に負えなくて市町村に相談しても冷淡この上ないし、病院以外あずかる施設すらないのです。暴れる家内を運ぶのにも誰も居なくて泣く泣く布団まきにして車で病院に連れてく時間の長いこと。そんな病院も治らないから安定したら退院勧告では、家において置けない状態で働きにも出れなくて支払いばかり湯水のごとく。慈悲もない世間に背をむけるしか。


肇道和尚より 古林肇道

 誘い込まれたとはいえ、寺という脱社会環境に飛び込まれて、さぞ、戸惑われご苦労もなさったことでしょう。

 寺に生まれ、寺に育った私ですが4歳のとき、父(住職)が死亡しました。当時の檀信徒数は十軒余りの貧乏寺でしたが、父が療養中、内々に後継住職工作が出来ていたようでした。病床でそんな空気を悟った父はかねて尊敬する老師に後事を託す手紙を送っていたのでしょう。
 その老師が拙寺を訪れたのは、偶然にも父の亡くなった当日でした。「間に合わなかったか。済まない」と繰り返したそうです。誰が数えたのか、その数は30数回に及んだということでした。
 「でも、こんな小さな寺でも稀に葬式もあります。そんなとき……」という世話人の発言を遮った老師の言葉は「私でよろしければこの寺の住職を兼務しましょう」。
 既に横浜に大寺を開山し、後に鎌倉光明寺の百五世となった老師の威厳に異議を差し挟む者はいませんでした。

 そんなご縁で私は老師の元で得度しました。時に老師82歳、私は5歳でした。

 坊さんって、人が悲しんだり苦しんでいるとき助けてくれるもの。あの老師のように―― 少年期までそう思っていましたが、教団の延長のような人間関係の宗門大学に入ってから私の思いは大きく変わりました。
 こんな「井の中の蛙」のような視野狭窄な環境から抜け出したいと思うようになったのです。

 坊さんと新聞記者。二足の草鞋を履いて40年、ずっと仏を背負って取材活動してきたつもりです。

 教理、教学に疎い分、仏がフォローしてくれていると思い込んでいましたから強気で、気侭なこともいえたのでしょう。
 ますます荒ぶるこの社会だからこそ宗教の出番だ、と確信していますが宗教界に立ち上がる気配が見えません。それが歯痒くてなりません。

 記者の目線も、坊さんの視界も同じでなければならない。そこがテラリストの原点です。そうあることが、老師へのご恩返し、と思うのです。


 私の寺は、花岳山 月光院 城源寺といいます。きれいな名称だと他人はいいます。だが、足りないものがある、といった人もいます。
 日本人の美意識の「雪月花」の中の雪です。そこで探し出した雪は、雪山童子です。

 インドの北方、ヒマラヤ山脈の一角にある雪山には帝釈天が住んでいるといわれています。全山雪に覆われたこの山中で修行に勤しむ若者が雪山童子でした。たまたま童子とすれ違った羅刹(鬼)がつぶやきました。
  
諸行無常 是生滅法 (色は匂えど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ)
 童子は思わず羅刹の手を取って「その後に続く言葉を」とすがったのです。羅刹の返事は「俺は今、腹ぺこ。教えてやるが、お前を食うぞ。それでも知りたいか」。うなずく童子に羅刹の告げた言葉は
  
生滅滅已 寂滅為楽 (有為の奥山今日越えて浅き夢みし酔いもせず)
 童子はこの言葉を地上に書き残すと、傍らの大樹のてっぺんに上って身を投じました。その瞬間、羅刹は帝釈天に変じ、その手に童子を抱き止めました。童子は生まれ変わってお釈迦様になられたといいます。

 わが花岳山にも雪山童子を迎えて「雪月花」を具足した寺でありたい、と願って止まないのです。ご指導下さい。

庫裡から悶々第16回「“軽老精神”」


−テラリスト−03  確かにプラスαですね
N.H.(40代/男性)

 毎日新聞の先輩に教えられ、このHPを折に触れて拝見しています。

 「庫裏から」の「5W1Hプラスα」を面白く読みました。確かに新聞記者にとっては、プラスαの事実を取材し得たかどうか、がポイントですね。ところが、プラスαはケース・バイ・ケースで異なる。後輩や部下に教えようとしても、5W1Hのような法則性がないから教えにくい。新人教育としては勢いプラスαを落とした時に怒鳴りつけて、「2度と同じミスをするな」とセンスの磨き方を伝えるしかないのだけれど、最近は若い記者から嫌われたくないから、と怒鳴る先輩がいなくなった。デスクも平気でミスを見逃すし、そもそもデスククラスの記者さえプラスαを大事にしなくなっている面がある。若手の記者がプラスαなど念頭に置かなくなっているのは当然の成り行きでしょう。嘆かわしいが、事実です。もともと記者としてセンスの良い人を別にすれば、取材技術の伝承がうまくいかなくなっているのです。

 古林さんは入社半年の新人の時に、よい事件とよいデスクにめぐり合ったのですね。うらやましく思いました。昔の記者の話もときどき書いてください。


庫裡から悶々第15回「5W1Hプラスα」

−テラリスト−02  教育勅語について
N.M.(神奈川県/70代/男性)

 わたしは昭和21年に国民学校に上がりました、昭和21年に国民学校? と思われるかもしれませんがまだ学制は変わっておりません。もちろん教育勅語など習っておりません、遊びの中で餓鬼大将が御名御璽等と使っていたのを覚えている程度です。 そのアプレゲールの私ですら和尚さんのご意見に諸手を挙げて賛同いたします。会社でも地域でもほんとうに利己主義的な人が多くなりました、友達と会うたびにこの先日本はどうなっちゃうんだろうと嘆いています。
 国歌もろくに歌えずクラゲのように気を付けもしっかり出来ない子供たちがやがて大人になったら崩壊しか考えられません。


肇道和尚より 古林肇道

 メールありがとうございました。
 いまどき、教育勅語などを持ち出すと化石人間扱いされるでしょう。
 しかし、もしも教育勅語に綴られている徳目が生きていたら、今のような殺人、いじめ、不倫などが横行する「モラル・ハザード」は起こらなかったでしょう。戦後、軍国主義と結びついた天皇制が批判される中で、教育勅語のすべてが否定されてしまったことを残念に思います。

庫裡から悶々第14回「教育勅語から酌むべきもの」


−テラリスト−01  足の無い教団を読んで
M.N.(東京都/60代/女性)

 山田太一さんが言われた通り、今本当にお寺の存在が薄いと感じます。
 益々増え続ける自殺者! 葬式を出す前に ちょっと待て!となぜ思い留まらせられないのか。熊本市の慈恵病院で始めた「赤ちゃんポスト」……その存在が良いの、悪いの、と大騒ぎしていますが、昔はみんなお寺の果してくれた役割です。地域に根ざして、宗派に関係なく、慈悲の心でどれ程の人々が、救われて来た事でしょう。

 今のお寺は、すっかり門構えが立派になり過ぎ、駆け込みにくい。たとえ住職が留守でも仏前で手を合わせ、心を見つめたら落ち着きを取り戻せるのではないでしょうか。現代人は孤独です。もっと気軽に、仏前で手を合わせ、自分の心を開ける場所があれば、随分救われるのではないでしょうか。


肇道和尚より 古林肇道

 メール、心して拝読しました。おっしゃる通り、最近のお寺はどこも立派になって、敷居が高くなっているようです。「信は荘厳から」という言葉に倣って見かけばかりに力を注いでいるところも散見されますが、私も、昔のような駆け込み寺があっていい、いや、なければならぬと思います。
 つい先日、ホームページの取り持つ縁で、仏教関係の専門誌の取材を受けました。今どきの寺はどうあるべきか、といった内容でした。昨今は寺のあり方について多くの人々が疑問を感じたり、改革を願っているように思われますが、取材もそうした社会の風を多分に意識した企画のためのものでした。

 寺はなによりもまず、人と人との出会いの場でなければなりません。仏門と在俗の、僧侶と壇信徒の、そして、壇信徒同士の出会いがあれば、きっと何かが生まれるはずです。
 敷居は高くなったかもしれませんが、たまには突然、見知らぬ人が訪れ、拙僧に人生相談を持ちかけてくることもあるのです。あまりお役に立てなかったと悔やんでいると、何日か経って、「愚痴を聞いてもらって気持ちが晴れた」と挨拶に来てくれたりもするのです。「今どき、お寺の檀家になるなんて、高級寿司屋で“時価”と書かれたネタを頼むようなものだ」と、いわゆる葬式仏教を批判していた人が、当山に出入りしているうちに、いつの間にやら檀家になった例もあります。縁は異なもの、そして味なものです。

 1億総情緒不安定の時代に求められる寺のありようを考える時、法然上人が浄土宗を開いた当時を連想せずにはいられません。時代は平安から鎌倉へ、相次ぐ戦乱にうんざりした民心は、法然上人の念仏信仰に救いを求めたのです。
 戦争が人の心を荒ませることは昔も今も変わりありません。いや、科学の進んだ今は昔よりももっと悲惨といえるでしょう。ピカドンの原子爆弾がよい例で、惨禍が桁違いに増幅されているからです。「戦争は医学を進歩させる」とうそぶきながら、平時には許されぬ人体実験を敵の捕虜を使って行った陰惨な事実も、医学の進歩が裏目に出た悲劇でしょう。世界の戦史は、不条理と非人道の所業の数々によって刻まれてきたのです。

 あなたは、現代人は孤独だとおっしゃいます。現状のように救いの場がない状態では、孤独感を「自己チュウ」へと転じさせる人も後を絶ちません。殺人、いじめ、自殺といった殺伐とした現象は、追い詰められた自己中心社会の種々相から生まれていると考えるべきかもしれません。

 法然上人だけでなく、親鸞、日蓮ら祖師方を輩出し、大きく花開いた鎌倉仏教には、大衆の支持という大きな後ろ盾があったことを見落とすわけにはいきません。既成の仏教教団が孤立感を深め、大衆を捉える元気が欠けていると映るのは、嘆かわしい限りです。核家族化や少子高齢化に“寺離れ”の原因を求め、自らを省みようとしない姿も浅ましいことです。
 寺が果たすべき社会的責任も問い直しつつ、僧侶としてなすべきことを考えている今日この頃です。


ははんほほう話第7回「足のない教団といわれて」

タイトルついに決定! カモン!ルーシー
〜肇道和尚の『如是我聞』〜
庫裡から悶々とかくこの世はははんほほう話

和尚が聞く!‐NYOZEGAMON INTERVIEW‐
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